教授挨拶
平成26 (2014) 年5月1日付にて、鳥取大学大学院医学系研究科機能再生医科学専攻生体機能医工学講座遺伝子機能工学部門の教授に着任しました久郷裕之です。それと同時に医学部生命科学科分子細胞生物学講座細胞工学分野および染色体工学研究センターを兼務しています。
私は、北里大学を卒業後、神奈川県立がんセンターに勤務しました。ここで、本部門の前任者である押村光雄名誉教授との運命的な出会いによって、染色体を基盤にした研究の面白さに引き込まれました。がんセンター時代には、世界ではじめて単一ヒト染色体ライブラリーの作製に従事しました。この神奈川時代に作製したライブラリーが現在の遺伝子機能研究および染色体工学研究の発展の土台にもなっています。私は、このライブラリーを用いて、がん抑制遺伝子を同定するために、がん細胞株へ種々の染色体を導入し、がんの発生には複数のがん抑制遺伝子および複雑な経路が存在していることを明らかにしてきました。
1990年4月より医学の基礎知識を持つバイオサイエンティストを養成する学科として当時全国で初めて医学部に設立された本学生命科学科の細胞工学教室に押村教授とともに助手として赴任しました。ここでは、さらに親起源の明らかな単一染色体ライブラリーを作製し、新規の長鎖非コードRNAである刷り込み遺伝子KCNQ1OT1/LIT1の単離・同定に繋がりました。また、染色体導入研究と遺伝子発現解析を組み合わせたアプローチにより、テロメレース活性を抑制する新規がん抑制遺伝子の単離にも成功しました。現在も発がんあるいは細胞老化機構の解明および創薬開発のために、これらの遺伝子の機能解析を進めています。
一般的に遺伝子の発現は、それ自身の遺伝情報(塩基)やプロモーター・エンハンサーなどの遺伝子上流の作用に制御されていることが知られています。さらに近年では、ヒストンあるいはDNAの修飾、いわゆるエピジェネティクスによる作用が重要な役割を担っていることが明らかにされつつあります。一方、古典的な染色体解析から見出された染色体転座のような染色体異常でも、遺伝子の発現が大きく変動することが知られています。たとえば、t (8;14)転座の染色体異常は、Burkitt リンパ腫 、急性リンパ性白血病、多発性骨髄腫などで認められます。これは、8q24 領域に位置し、細胞分裂を促進する転写調節因子として働いているc-myc 遺伝子が、転座に伴って14q32 の免疫グロブリン重鎖遺伝子 (IgH) 内の切断点と結合することにより、強力な免疫グロブリンエンハンサーによるc-mycの発現亢進が誘導され腫瘍化を引き起こすと考えられています。さらに、セントロメアあるいはテロメアなどのヘテロクロマチン領域に染色体異常などが原因で近づくことにより、遺伝子の発現抑制が抑制される現象が知られています(位置効果)。また、私が留学中(M.D. Andersonがんセンター)に携わった研究の中で、多発性腎嚢胞の重篤化は疾患原因遺伝子に隣接する遺伝子の異常が原因であることを明らかにしました。このように、遺伝子の発現制御は、その遺伝子本体だけではなく周辺領域の環境においても大きく影響されることが知られています。
したがって、今後の遺伝子機能研究領域では、単一遺伝子というよりむしろ隣接遺伝子群を含むマクロ的な視点から制御メカニズムを解き明かしていくことが重要な課題になると推測されます。そこで、今後の方針としては、これまで発展させてきた染色体工学技術あるいは資材を活かして、数百kb〜数Mb単位に渡る遺伝子クラスターあるいはゲノムドメインレベルにおける遺伝子発現制御機構を明らかにし、生命現象あるいは疾患の発症の新規メカニズムの解明に迫りたいと考えています。
これまで、当該部門は、押村名誉教授の発想力とリーダーシップ力により染色体工学技術を開発・成熟させて世界最先端の技術までに押し上げ、横断的に様々な幅広い分野(遺伝子・細胞治療、細胞分化のモニタリング、ヒト疾患モデル動物、創薬と治療を目指したヒト型モデル動物、化学物質の毒性評価、医薬品・食品の機能性安全性評価、機能性タンパク質生産性向上、合成生物学への応用)でその可能性を示されてきました。今後もこれらの大きな成果を連綿と受け継ぎ、さらに異分野との密接な連携・融合を推進させることにより各研究プロジェクト領域の成果を加速化させ、医療や産業につなげる橋渡し研究の確立を通して社会への貢献を目指していきたいと考えています。
私の研究室では、常に大学院生を募集しています。遺伝子および染色体機能研究に興味ある方は、ぜひ御連絡ください。
鳥取大学大学院医学系研究科機能再生医科学専攻生体機能医工学講座遺伝子機能工学部門 教授
鳥取大学医学部生命科学科分子細胞生物学講座細胞工学分野 (兼担)
鳥取大学染色体工学研究センター センター長(兼務)
久郷 裕之